9 months ago • 553 notes彼らは20歳代前半ですよ!!防護服を着させてもらっていないんです!!京都府警からの派遣命令で地理関係も「何もわかりません」と。
僕は犬の捜索のことも忘れて、「一日中ここで、外で検問作業をしているの??」「向こうの中年警官は白い防護服を着ているのに、君たちは怖くないの??」と彼らのことが心配になり質問してしまいました。
化学的に物理的に原発から20km圏内は「健康に被害の可能性が高いから退去命令」が出され、見た目年配の位が高そうな警官は白い防護服を着ているのに、若い一番下っ端は写真の通りマスク1枚のみ。
これじゃまるで、チェルノブイリの復旧工事に動員され、全員死亡した作業員と同じではないのか??かつての日本陸軍の階級的いじめと同じではないのか??
僕の質問に、写真の彼は笑顔で「本官は少しも怖くありません」と答えました。僕が彼の父親なら褒めるより先に「お前、この仕事やめろ」と言ったでしょう。
僕は「放浪犬のための餌を置かせてくれ」という言葉が出てこずに「僕はすぐに立ち去るから、君たちは車内に戻りなさいね」としか言えませんでした。
50歳以上の警官が原発付近での勤務に志願して、若い警官、自衛官を遠ざけろよ。(via ヤスノ保育園 本日の南相馬救援活動について。)
7つの悪習慣
第一の悪習慣:人のせいにする
- 自分の問題を会社や上司、親や友人、国、政治のせいにしてしまう。
- 自分はいつも犠牲者で、自分のことに責任など持てない。
- 誰かに怒鳴られたら怒鳴り返す。
- やりたいようにやる。
これらは、第一の悪習慣「人のせいにする」に該当する。
結果を他人のせいにせず、主体性を発揮して生きることが大切。
第二の悪習慣:目的を持たないで始める
- 計画を立てないし、目標も持っていない。
- 今さえ楽しければそれでいい。
- 先のことは分からないし、考えても仕方ない
これらは、第二の悪習慣「目的を持たないで始める」に該当する。
第三の悪習慣:一番大切なことを後回しにする
- いつもダラダラしている。
- 家に帰ればまずテレビを見るかネットサーフィンをして、それから何をするかを考える。
- 面倒なことは常に後回し。
- 大切なことに取りかかるのはいつも直前になってしまう。
これらは、第三の悪習慣「一番大切なことを後回しにする」に該当する。
優先順位をつけて、重要事項を優先する必要がある。
第四の悪習慣:勝ち負けという考え方
- 人生は競争だと思っている。
- 他人に負けるなんて許せない。
- 負けるぐらいなら、先に負かす。
- 負けそうになったら、一緒に引きずり下ろす。
第五の悪習慣:まず自分が話し、それから聞くふりをする
- 言いたいことは言わなければ損だと考える。
- 必ず先に主張する。
- 人の話は面倒だからあまり聞かない。
- 上司の話は聞いたふりだけしてすぐに忘れてしまう。
- 自分にとっていい話なら真面目に聞く。
第六の悪習慣:頼れるのは自分だけ
- しょせん自分は人とは違うのだから、うまくやれるはずがない。
- 妥協するくらいなら、一人でやった方がましだと思っている。
- 自分の世界に行きたいし、出来るだけ周りとは関わり合いたくない。
これらのことは、第六の悪習慣「頼れるのは自分だけ」に該当する。
第七の悪習慣:自分をすり減らす
- 忙しすぎて、体を鍛えたり、勉強したりする時間がない。
- そもそも、勉強も運動も面倒くさい。
友だちの家のPCの動作がおかしいというので見にいった。だいぶ古くて起動に十分もかかる状態だったので、さしあたり彼女が必要としているDVDの再生ができるようにクリーンインストールすることにした。
彼女の仕事用の携帯電話が鳴り、彼女は私にことわって出た。はい、いつもお世話になっております。いえいえ、はい、なるほど、担当がそのようなことを申しましたか。
彼女は五分ほど電話で話しつづけた。ほとんどは相槌だった。いろいろな種類の、さまざまな重さの、一定以上の温度を保った相槌だ。彼女はそのあと、仕事にしてはいささか親しげに短く笑って、いいえ、いいんですよ、と言ってから電話を切った。
私はBIOSを確認し、それを覗いた彼女はなんだか怖そうな画面、とつぶやく。怖くないよ、これはWindowsの下に入っているソフトなんだよと私は説明する。
ディスクがかりかりと音をたてて書きこみをはじめる。私は彼女の出してくれた冷たいお茶をのんで訊いてみる。ねえさっきの電話、あの相手って、おじいさんかおばあさんでしょう。
彼女はちょっと目を大きくして、そうそう、おじいさん、うちのチームで扱っている物件のオーナーさん、と言う。彼女の仕事は不動産の仲介だ。土地や建物を持っている人たちからそれを預かって管理を請け負い、誰かに貸す。
電話をかけてきたおじいさんは彼女の会社のやり方に納得がいかずに電話をかけてきたようだった。彼女は小さなチームを率いているので、ふだん担当していない相手でもそうやってかけてくることがあるらしい。私ねえ会社で「シルバーキラー藤井」って呼ばれてるんだ、おじいさんとおばあさんの相手が得意だから。彼女はそう言って、私たちは笑う。
なんかこつがあるのと私は訊く。ない、と彼女はこたえる。特別なこつは要らない、彼らの言い分を頭ごなしに否定しないでちゃんと聞いてそれから現状を説明すればだいたいわかってくれる。うちの会社に建物を預けているのは彼ら自身の意志だけれど、でも管理会社なんて彼らの長い人生からしてみたら「後からやってきてごちゃごちゃ言っていろんなことを押しつけてくる連中」という側面もあるわけ。だからね、契約上はこうですって言って押し通すのがいちばん良くない、意固地になっちゃう。
彼らはそれで電話をかけてくるんだけれど、彼らは個別の要求を、たとえば今回だったら自分の指定した業者さんに冷房の修理をさせたいってことなんだけど、それを絶対のんでほしいと思ってるんじゃないんだと思う。彼らが必要としているのは対等と尊重の感覚なんじゃないかな、そうしてそれはちゃんと伝わるものだし、それが伝わればこちらの事情も理解してくれるよ。みんなそんなめちゃくちゃな人間じゃない、ビジネスとして成立しているような内容なら、話せばだいたいわかる。
彼女がそう話すので、私はいたく感心した。なかなかそうは思えないよ、うるせえな契約書よめや、って思っちゃう人もいるでしょう、どうしてそんなふうに思えるの。
彼女は少し考えてから言う。管理会社は彼らにとって新しいもので、新しいものはほとんど必ず人を傷つけるって、私はそう思ってるの、だからかな。
説明を求めると彼女は自分のPCを指さす。たとえばあなたはコンピュータを直してくれるでしょう、直せるからあなたはコンピュータが来たのが怖い人のことをわからないかもしれない。でも「さあ新しくて便利なものが来ましたよ、どうぞ使ってください」と言われた相手は必ず薄く傷つくと私は思う。なぜかっていうとそれは今までの、その人が慣れしたしんできたやり方を否定することになるから。新しいものをもたらす側はある種の権力者だから。新しいものを学習できないかもしれないという不安を与えて、「あなたのはもう古いので捨ててください」と否定するから。
それだから新しいものをすすめる側はなるべくその傷が深くならないように対等と尊重の感覚を持ってもらうようにしなくちゃいけない、だって私たちはべつの場面では傷つく側、古い側、脆弱な側なんだもの。
彼女はそこで話を切り、私がしきりと感心するのに照れて、私おばあちゃん子だったんだよと言った。
2010-06-27 (via gkojay) (via bo-rude) (via naha) (via bibidebabideboo) 11 months ago • Notes
私は沖縄戦のことを考えるとき、いつも知念功という左翼活動家と天皇・皇后両陛下のことを思い出す。
天皇・皇后両陛下(当時皇太子殿下・美智子妃殿下)は1975年、戦後初めて皇族として沖縄をご訪問された。天皇陛下の周囲にはご訪問に反対する声も多かった。というのも沖縄戦が行われたのは戦争末期で、昭和天皇がもっと早く終戦の宣言をしていれば沖縄戦は行われなかった。そのため、沖縄の人たちには皇族に対する複雑な気持ちがあった。天皇陛下の周囲の人たちは、沖縄を訪問されることで、天皇陛下が襲われる可能性があることを危惧していたのだ。しかし、天皇・皇后両陛下はご自身の判断で訪問を決意された。
天皇・皇后両陛下の沖縄ご訪問が決まると、沖縄の左翼たちは記念碑や公共施設の壁にペンキで「皇太子は来るな」と書きまくり、連日デモ行進を行い、機動隊と小競り合いを繰り返した。しかし、天皇・皇后両陛下は予定通り沖縄をご訪問された。当日、天皇・皇后両陛下の車列には、道路際にあった病院のベランダから、患者と見舞い客を装って潜伏していた左翼によって「皇太子は来るな! 天皇制反対!」の叫び声とともに石やスパナが投げ込まれた。しかし、天皇・皇后両陛下は予定通りひめゆりの塔をご訪問された。
ひめゆりの塔は、沖縄戦当時、兵士の救護などに当たった女学生による、ひめゆり学徒隊を慰霊したもので、慰霊碑、納骨堂、そしてその真ん中に、ひめゆり学徒隊が毒ガスをまかれて、多数の死者を出した洞窟がある。 天皇、皇后両陛下はそこに花をささげられ、頭を下げられた。その瞬間、洞窟からヘルメットをかぶった、知念功ともうひとりの左翼が出てきて、陛下の足元に火炎瓶を投げつけた。 当然、天皇、皇后両陛下はSPによっていったん自動車へ避難された。しかし、すぐに両陛下は自動車から降り、再びひめゆりの塔に向かわれた。そして、両陛下の案内役をしていた、ひめゆり学徒隊の生存者のひとりのところに行き「お怪我はありませんでしたか」とおっしゃられた。
このひめゆり学徒隊生存者の案内役の人は、沖縄人として、天皇陛下に一言物申すつもりだったそうだ。しかし、いちばん最初に自分を気遣う両陛下を見て、考えが変わったそうある。
両陛下は、生命をかけて沖縄の人たちとの心のつながりを望んでいたのだと思う。
そして、知念功もまた、生命をかけて沖縄を守ろうとした。当然テロ行為など許されるはずもなく、ましてや日本国の象徴と憲法で定められている天皇陛下に将来なる方に向かって、殺傷能力のある火炎瓶を投げつけるなどということは、国家に対する反逆である。また、沖縄戦で亡くなられたたくさんの沖縄の人に対する侮辱でもある。平和のために生命を捨てた人からすれば、暴力を使って自分の思想を実現させようというのは、侮辱に他ならない。
しかし、知念功は犯行前、沖縄戦や沖縄の歴史に関する書籍を片っ端から読みあさっていた。くしくも、天皇陛下も沖縄ご訪問の前、沖縄戦と沖縄の歴史に関する書籍を片っ端から読まれておられた。そして、知念功は、天皇陛下ご訪問の1週間前、洞窟に入った。1週間、真っ暗な洞窟の中で息を殺して、天皇陛下がやってくるのを待っていた。その恐怖は計り知れないものだろう。そして天皇陛下は生命をかけてひめゆりの塔をご訪問された。この恐怖も計り知れないものだろう。
天皇陛下と左翼テロリスト。もっともかけ離れた立場の人間である。だが、ふたりのこころには、生命をかけて沖縄を幸せにしたいという気持ちがあった。左翼テロリストなど、糞みたいな物だが、天皇陛下はその糞と本気で対話した。
その後、知念功ともうひとり洞窟に潜っていたふたりの左翼は、懲役2年6ヶ月の実刑が下った。服役中、日本赤軍という左翼テロリストが日本航空の飛行機をハイジャックし、バングラディッシュのダッカ空港で、日本で服役している9人の同士の釈放と身代金を要求する事件が起きた。日本政府は、福田赳夫首相が、「人命は地球より重い」とし、日本赤軍の要求を飲んだ。これは完全にテロに屈したことであり、戦後政治の最大の汚点である。この釈放を求められた同士の中に知念功が入っていた。しかし、知念功は刑務官に「出国の意思はない。日本赤軍には政治的・思想的な一致点は一切ない」「沖縄解放の闘いは沖縄を拠点に沖縄人自身が闘うべきものである」と返答し出国を拒否した。
それで、やっぱり大事なことは赤字出しちゃダメ、ということです。
糸井:それはダメですね。
宮本:絶対ダメ!
糸井:いいなぁ、この力強さ(笑)。
ウチも、仕事するときの鉄則は赤字を出さないことです。
「損してもいい」というおもしろさがあることは、そんなのわかってるんですよ。
だけど、人が認めてくれると黒字になるんだよ、と言いたいんです。
宮本:わかります。
人が認めてくれた、そのときのうれしさ、ねぇ?たのしいですよね。
糸井:はい、徹底して黒字主義です。
赤字は「出ちゃう」ってことはあると思うんです。
宮本:はい、それはあると思います。
糸井:だけど「赤字でいいや」ではじめたら。
宮本:もう、とてつもなく、「いいや」になってしまう。
糸井:そのとおりですね。「落選でいいや」って、立候補するのと同じ。



