November 18, 2009

実際に販売中の自著をスキャンされた (スコア:5, 参考になる)
Anonymous Coward : 2009年11月17日 15時17分 (#1673836)
臆病者なのでAnonymous Cowardで書きますが、私はまだ販売中の複数の著書をgoogleにスキャンされました。

著者の立場から今回の件で起きたこと、思ったことを時系列で書きます。
(1)「googleが”絶版”本をオンラインで公開するらしい」と噂に
この時点では「”絶版”本だからいいんじゃね、公開はアメリカ国内に限るらしいし」と肯定的でした。

(2)アメリカ国内で入手困難なものも絶版扱いされるとの情報がひろまる
「おい、それって何?」と疑いの眼差しで情勢を見守っていました。

いまだに「絶版だからいいんじゃないか」という意見をいう人がいますが、
「アメリカ国内で入手困難な本=絶版」ですので、日本国内の本はほとんど”絶版本”です。

(3)上と前後して、アメリカで訴訟+和解のニュース
訴訟の件を聞いたときには「そりゃそうだ、あまりにむちゃだよ、この話は潰れる」と予想。
しかし一転、和解訴訟になったことで目が点に。

(3)出版社(国内)から連絡がとどく
要するに「和解したほうがいいよ、和解に応じると金がもらえるよ。和解に応じないとしてもスキャンされる
可能性は残るし、自分でアメリカで裁判起こさないとならんよ」という手紙orメールが
複数の出版社から届きました。少なくとも国内の大手出版社といわれる会社は和解に応じる対応をしました。

勝手にスキャンしたことに対する抗議もせず、著者の著作権を無視して自身の版権とそれから生まれる
収益に目がくらんだのは確か。
勘違いされることが多いようですが、出版社は出版社の利権である版権をいとも簡単に売り渡しています。
かなり腹が立ったのは言うまでもありません。

(4)和解内容と同意文書を読む
和解内容もでたらめの極致で、いつまでにいくら入金されるか、和解の同意書には明記されていません!
2014年?だったか、かなり先までは”払いません”とだけ明記されていて、いつ払われるのかはまったく
不明な内容です。また、金額も手数料が不明なため実際に入金される金額は不明です。
そして手数料はgoogleと和解団体などで構成する団体に払うことになります。

これってなんのマッチポンプ?

(5)googleに電話
和解文書の内容が理解不明なので何点が質問しましたが、
まず担当者が不在とのことでまったく取り合ってもらえません。

Google「担当はお休みを頂いております」
私「これだけ大騒ぎになっているのに、対応しないんですか」
Google「来週末には戻ります」
私「それって、和解の期限日じゃないですか!質問に答えずに期限まで逃げるつもりですか!」
Google「….」
私「対応窓口を知らせてください」
Google「メールアドレスをお知らせします」

(6)メールでの質問と、技術的にあまりに杜撰な対応に切れる
いくつか質問しましたが、入金時期、および入金の率は文書の通りですと繰り返すのみ。
また、「アメリカ国内だけの公開はどうやって保証するか?海外からでもproxy使えばいくらでもダウンロード可能だ」
については「できる限り対処します」と、まったく技術的な対処のメドがないにもかかわらず
サービス(誰のための?)提供に驀進する模様であることがわかりました。

そもそも、このサービスはアメリカ国内だけの話です。
アメリカ国外からのアクセスは完全に遮断しなければなりません。
が、googleはその対応をまともにやろうとはしていません。だって不可能ですから。
それでもサービス(誰のための?)をごり押しして進めようとしているのはなぜでしょう?

(7)和解訴訟から離脱
あまりにばかばかしいので和解訴訟から離脱しました。

(8)今思うこと
出版の前に音楽業界や映像業界で同じ話がありました。
ネット配信業者、を映画会社や音楽レーベル、JASRACみたいな業界(利権)団体が
リスナーの利便より自分達の利益確保に邁進しました。
しかし、完全に疎外されているのが実際に音楽や映像を作っているミュージシャンやクリエーターたちです。
彼らにまともにお金が払われているのでしょうか。単価が下がってしまったため大物しか喰えない状況に陥っています。

音楽の時は他人事でした。出版ではじめて身に浸みました。
わが身に起こらないと実感できないのは我ながらなんと鈍感だったのだろうと反省しきりです。

著者とて利益がでなければ執筆はできません。著作権や版権は特許と同じく、創造者の利益をまもるための”仕組み”です。
技術の進歩によって仕組みも変えていく必要はありますが、
卵がおいしいからといって卵を全部食べたら、その卵を産むニワトリが育たず、結局卵も食べられなくなってしまいます。

人間には知恵があるので、必ずうまい仕組みを考え出せると思います。
しかしgoogleのやろうとしていることはよい仕組みではありません。支払い期日も支払い金額も明記しないで
勝手にスキャンして公開し、嫌なら文句を言えは公開を止めてやるというのはありえません。
一度ネットに載ってしまえば削除は不可能だからです。

もっと賢い仕組み、googleだけが肥えるのでなく著者の権利が守られて喰える仕組みが必要です。

November 4, 2009

send:

seepassyouagain:

美術館に入るとやけに精巧な、そして巨大な、おばさんとおばあさんの中間くらいの像が立っていた。ロン・ミュエクだ。

私のあとから、像と同じくらいの年代の女性と、その娘という風情の二人連れが入ってきて、それを見るなり、同時に吹き出した。

気持ちはよくわかった。可笑しいから笑うのではない。名付けようもない感情が閾値を超えたから笑うのだ。

個人的に、芸術コンテンツにはそういう経験を求める。つまり、名付けようのない、きちんと整理できない感情的な経験みたいなものを。
たとえばこのあいだ「空気人形」を観たんだけれど、私は空気人形がシュウ ウエムラのカウンタでお化粧してもらうところでぼろぼろ泣いた。
最近やけに涙もろいので、映画はひとりで観ることにしている。でも、それにしたって泣くところではない。
別に感激したわけではない。悲しくなったのでもない。自分でも意味がわからない。
そして、意味のわからない経験をこそ、私は求めているのだと思う。

意味のわかる世界にずっといると、私は息苦しくなる。あるいはちょっと元気がなくなる。
もちろん私たちは、コントロールできない部分や道理にあわない部分を意図的に排除して平穏な生活を手に入れている。
でもそうじゃない部分は確実に存在する。私たちのなかに、私たちの外の世界に。
芸術というのは私にとって、小さい窓をあけてそれを見せてくれる装置だ。

November 3, 2009
November 1, 2009
もともと金を稼げるコンテンツなんてものはかなり限定されてた。ほとんどのコンテンツは、微々たるぐらいしか金を稼げない程度のものだった。ところが近代になりメディア産業が興隆するに及んで、本来金を稼げないコンテンツでもいろいろ策を講じて売りつけることで結構無理やり市場というものが作られてきた。著作権で囲い込むとか。そうやって適正水準を超えて売れる状態が人為的に作られ、多数の(本来なら金を稼げないはずの)クリエイターや権利者を養えるようになり、多数の雇用が創出された。
ところがディジタルな複製が簡単に作られてバラ撒かれる時代となり、その囲い込みが解け、市場が適正水準に戻りつつある。一部のコンテンツは逆に売上が増えるけど、全体として水増しされた雇用も元に戻るので、これから大量の失業者も出るぢゃろう。こりゃコンテンツ立国なんてのも厳しいんでないか。

自分の手帳を見てちょっと驚いた。今まで平均3社のアポだったのが、10月は平均5社。多い時は6社という日も。10月は毎日のように東京都内を歩き回っていたという印象があったのだが、なるほどど自分でも納得した次第。

今回改めて感じたのが、ベンチャー企業にとって1ヶ月に2ケタ受注するのは容易ではないということ。それは、ビムーブVIDEOのように低価格なASP・SaaS型のサービスの場合でも例外ではなく、知名度のないベンチャー企業が1ヶ月に2ケタの受注を達成するためには、1日5~6社のアポがないと難しい。

October 26, 2009
October 20, 2009

それではなぜ、日本の雑誌発行銘柄数が減ってしまったのでしょうか。
それは、基本的に雑誌というものがすぐに黒字になるものではないからです。

黒字が出るまで10年かかる雑誌はたくさんあります。コミックスや関連著作権収入を含めると、今や講談社の全書籍売上額より大きな儲けをもたらしている『少年マガジン』ですら、創刊から10年は赤字続きでした。小学館の中高年向け雑誌『サライ』や文芸春秋のスポーツ誌『ナンバー』もしかりです。

10年もの間赤字に耐えられるのは、不動産など出版業以外の収入やオーナーが膨大な資産を持っている一部の大手出版社や新聞社に限られます。
講談社と小学館という2大出版社は、戦前からの大地主である創業家一族が経営する世襲企業です。とりわけ講談社のオーナーである野間家は、野間文化財団(旧野間奉公会)という財団法人を持っており、都内の一等地を含む全国各都道府県に広大な土地を所有しているといわれています。
こうした不動産収入が生みだす潤沢な資本力をバックに、大手出版社は雑誌を長く育てて大きく収穫するビジネスと位置付けてきました。ちょっと赤字だからといってすぐに休刊してしまうのではなく、10年後に大きな儲けをもたらすことを信じてこれまでやってきました。こうして次々に創刊され続けた雑誌群が日本の出版文化を支えてきたといってもいいでしょう。

October 19, 2009
ワタシは、あれだけボンボンで美しく、体躯にも知性にも恵まれ、若い頃からしっかりとお洒落でエッジで、早熟でダンディで軽みがあって、穏やかな笑顔を持ち、多趣味を極め、ガツガツせず、品のあるスタイリッシュな人生を送った人物が、60代と言わず70代と言わず、現在のこの国で、「やる事が無くなった」といって死んでしまう事を、一体誰がどうやったら止められるのか、まったく解りません。あのとき、同じ空を見て、美しいと言った二人の、心と心が、いまは、もう通わない。あの、素晴らしい愛をもう一度。あの、素晴らしい愛をもう一度。という痛切な「フォークのメッセージ」は、現在「ずっとそばにいるよ」「一生守ってみせる」「声を聞かないと不安になる」に変質してしまいました。
August 26, 2009