それではなぜ読書専用端末は普及しなかったのか?
一つ目にインターフェイスの問題があります。
紙をぺらぺらめくる感覚をそのまま電子で再現しようとしたことです。
ところが紙のまねをしようとしても本物の紙にはかないません。
二つ目に価格の問題があります。
ブックオフで100円で本を買って読める時代に、何万円もする読むためだけの端末を買う人がいるでしょうか。これ1台で本がたくさん蔵書できます、と言われたところで本の代金は端末代に含まれていません。逆に端末を買うお金で何百冊もの紙の本が買えてしまうではないか。そんな疑問がわいてきます。
三つ目に課金や流通の仕組みがわかりづらく、使いづらかった。
また互換性のなさに問題も抱えていました。
四つ目にガジェットとしての耐久性が弱かった。
読書専用端末は電池が切れる。充電池にも寿命がある。すぐ壊れてしまう「本」だったのです。本を永久に保存することができると謳われた電子書籍の寿命は意外と短かいことがわかってしまった。
こうした問題点から見えてきたのは、電子書籍の支持体としての脆弱さでした。データを蓄積し、ビューワ上で見せる支持体があまりに短命で脆かった。新品であっても壊れる可能性がありバックアップが必要だったりする。記憶装置の寿命が短く、寿命が切れるともう読めなくなってしまう。2004年に発売された読書専用端末「∑ブック」や「LIBRle」で読むために購入した電子書籍は、発売後からたかだか5年経っただけでもう読むことができません。これは電子メディアの限界ともいえます。
現在、文書作成ツールのデファクトスタンダートになっているマイクロソフトのWordですら、いつまで読めるか保証はありません。Wordで書きためて保存した文章もマイクロソフトが倒産したら読めなくなってしまうのかも知れない。Wordが無料化されても読めなければしょうがない。
こうした電子メディアが持つ問題点によって、紙の本が持つ良さが改めて再認識されました。紙の本がいかに優れたものであったかということでしょう。
神保町の古本屋では100年前の本も売られていて現在もこれを読むことができます。紙の本は短命といっても、和紙に墨で書いた本は千年ぐらいは持ちます。それと比較しても「電子メディア=永久不滅」説はただの錯覚でしかなかったのです。